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本日も順調に誤作動中

ASD.1980年生まれ東京都在住。

道は必ずある

発達障害と生きるということ

とにかく人間関係とかがうまくいかず、生きづらいなと思ってきたのですが、
発達障害というキーワードをいただいて、
生きづらさをクリアするためには何をすればいいのか、
何を避けたらいいのかということが分かってきたことで、
生きづらさは解消されてきます。

まずは「生きづらい」という言葉だけから始まります。
生きづらいということを認めることから始まります。
次にどう生きづらいのかということを具体的にしていきます。

一つ目は、姿勢が長時間保てないという生きづらさに取り組みました。
そこで、ジムに通い、筋トレを行いました。
これである程度姿勢を保つ筋力がついたはずですが、それでもまだ
姿勢を長時間維持することに疲れを感じていました。

そこで、整体に行き、身体の使い方が今まで誤っていたということを教えていただきました。

4スタンス理論の提唱者、廣戸総一氏が経営する廣戸道場で、整体を受けています。

これで体の歪みが疲れやすさの原因であることが分かりました。
自分は、自分が思っているよりも、前傾姿勢でいることが、「よい姿勢」であるということを教えていただきました。

廣戸道場を知ったのは、引きこもり中に長時間テレビを見ていたお陰です。
テレビで4スタンス理論が取り上げられていて、自分の体のタイプが分かり、そのタイプに基づいた体の使い方をしたことで、マラソンの走り方のフォームを変えてみたところ、速くなったということがあったのです。

引きこもり中は、お金がなかったので、書籍で独学していただけでしたが、
独り暮らしをして社会人になって4スタンス理論のことを思い出し、道場に通い始めたのです。

この道場は整体以外にも、体の使い方についての指導もしているとのことなので、
近く、時間を見つけて指導を仰ぎたいなと思っています。

「生きづらさ」の二つ目は、生きづらいのだけれども、それにあてはまる病名や診断がされてこなかったので、
誰にも理解されなかったということです。

自分は何者なのかと言うところで、いろいろと彷徨い歩きました。
けれど、その中に自分はこれだと思えるものと出会うまでには、いろんな困難にぶつかりました。
どれにも当てはまりそうだが、しかしそうだと言える決定的な証拠がなく、ずっと自分がよく分からないままでもやもやうつうつとしていました。
五体満足で生きてきて、生きづらいとか苦しいとか言っているのは、自分が怠けているからではないかとか、
努力不足なだけだ、根性が足りないんだと思って、自分を鼓舞してみたり、
しかしそれも長くは続かず、自分は意志の弱いだめな人間だと自分を責めてみたり。
うまくいかないことを他人のせいにしたり。

他の物を犠牲にして自分はものすごく頑張っているはずなのに、なんで周りのみんなは楽しそうにしかも軽く努力できるんだろう。自分だけなんでなんでと、重く暗く孤独の中を彷徨っていました。

あなたは自閉症スペクトラムです。と診断されたときも、みんなは今までの生きづらさの謎が一気に解けたような気がしたとかいう表現で、自分を取り戻した感覚をもつみたいだけど、自分の場合は、以前に自分がAC(アダルトチルドレン)だと自認した時にその感覚を味わっていて、でも、そこから却って親への恨みが強まったりして、苦しくなったので、正直、発達障害だと知った所で、だからどうしたっていうんだという感じでしかなった。
発達障害だから、何かをすればいい、これをやればよくなるということがいまいち見えなかった。

岩本友規さんの「発達障害の自分の育て方」を読んで読書会に参加してみるものの、最初はこれはいいと思っていたけど、最近は以前ほどの「これだ!」と思う感じがなくなっていた。

そんな中、先日、3番町ごきげんクリニックに行って、リーキーガット検査の結果をいただいた。
結果は、典型的なリーキーガット症候群だった。
診断をいただいたときは、正直、ああそうなんだという感じだった。
どうせ取り組んでも、もううまくいかないよ自分はという諦めの気分が支配的だった。
もう何回も、「もう一回、今度こそ」、そう思ってやってきたけど、またか。また、どうせだめだよと思う自分がいた。
それくらい自分は絶望していた。
もう、結果に感動することができなくなる位、仕事のストレスとかでやられていた。

でも、仲間から連絡が来て、話してみたら、なんか元気が出た。

吉濱ツトムさんのセッションを受けてきた。
そこで見えてきたのは、
自分は、教えることが得意だということ、一対一の会話や、大勢を前に話をすることが得意ということ、
言葉を使った仕事が向いていて、カウンセラーとかコンサルタントとかが向いているということだった。

早速、以前やっていた教える仕事をまた始めようと思う。

そうなんです。道は必ずあるんです。